2009年08月16日

アドリア海で「写楽」の絵を新発見 〜写楽 幻の肉筆画展〜

江戸東京博物館で開催中の「写楽 幻の肉筆画展」を見に行ってきました。(公式ホームページはこちらをクリックしてください
アドリア海の島にある「ギリシャ国立美術館」で、東洲斎写楽の肉筆画が発見されたそうです。

『アドリア海』と『写楽』! まったく意表をついた取り合わせです。

イタリア半島の右側の海がアドリア海、そのアドリア海に浮かぶ「コルフ島」、そこにはアジアの美術品をコレクションした「ギリシャ国立アジア美術館」があって、多数の浮世絵が収集されているそうです。
今回、江戸東京博物館で開催されている展覧会は、そのギリシャ国立美術館のコレクションの中から、新発見の写楽を始め浮世絵など合計126作品が展示されています。

写楽「幻の肉筆画展」より花火の絵

金曜の開館時刻に入場したのですが、そこそこ混んでいました。
全126点のうち、半数以上が浮世絵で、残りは屏風絵、絵本、絵画です。
鈴木春信、歌麿、北斎など、有名な浮世絵師の作品が楽しめます。
写楽は、新発見の肉筆画1点と、歌舞伎役者の浮世絵2点の合計3点だけの展示です。
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浮世絵は絵画・デザイン作品であると同時に、
江戸の情緒あふれる豊かな生活を撮影したスナップともいえます。
展覧会の絵を見ていると、華やかで賑やかな江戸に暮らす人々の雑踏の声が聞こえて来るようです。
写楽「幻の肉筆画展」より力士の絵

ところで、
ときどき浮世絵展を見に行くのですが、驚くのは、展示される浮世絵のほとんどが欧米の美術館所蔵のものだということです。ちょっと複雑な気分になります。
浮世絵は世界に誇る日本文化なのに、主要な作品がほとんど海外に流出してしまっているのです。
これは幕末以降、長きに渡って日本で浮世絵の価値が認められてこなかった事が原因のようです。明治時代前後、欧米では美術品として珍重され、盛んに収集されたのですが、日本では美術品としては見向きもされず、ほとんど収集されなかったのです。欧米の進んだ文明を必死で取り込んでいた当時の日本にとって、浮世絵は遅れた時代の遺物と感じられていたのかも知れません。
欧米で収集された時代の後、日本に残っていた浮世絵も、関東大震災や太平洋戦争の空襲などで大量に失われたのではないでしょうか。さらに終戦後、日本の一部の富豪が収集していた浮世絵も、税制の大変革をきっかけに海外へ流失してしまったそうで、結局、日本に浮世絵の大規模なコレクションは無くなってしまいました。

ですが、ここまで書いて気がつきました。
明治時代前後に大量に浮世絵が海外流出しました。もし、このとき流出していなかったとすれば、その後日本を襲う震災や空襲で、浮世絵の大半が失われれることになっていたはずです。もしそうなっていれば、永久に失われていた絵も多かったに違いありません。浮世絵はいったん日本から欧米に避難する形をとって生き残ってくれた、と言えるのかも知れませんね。

写楽 幻の肉筆画展 公式ホームページ



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2009年08月05日

「生まれついての天才」というまぼろし 〜マルコム・グラッドウェル著「天才」成功する人々の法則〜

私たちは、毎年生まれてくる人のうち、たまたますごい才能を持って生まれてきた人が天才なのだと思っています。ですが、この本はそういった「天才のイメージ」を否定します。

そのカギとなるのが、以下のグラフです。

カナダの、あるプロアイスホッケーチームの選手の内訳(本のデータをグラフ化しました)
マルコム・グラッドウェル著「天才」より
P.27「2007年、メディスン・ハット・タイガースの登録選手」より※1

ある心理学者が、選手の誕生月が年の始めの方に偏っているのを不審に思いました。そこで、あらゆるプロリーグ選手の誕生月の統計を取ってみました。すると驚いた事にプロのスポーツ選手は、1月生まれが一番多く、2月、3月と減っていき、12月が一番少なくなる、ということを発見しました!
この法則は世界各国に見られ、アメリカの大リーグにもあてはまりました。ちなみに日本では、4月が一番多く、翌年3月が最小となりました。

もうお気づきですね、「偏り」は、各国の学年の区切り方に対応していたのです。
では、なぜ学年の区分けにそって「偏り」が生じたのでしょうか。
学校なりスポーツクラブなり「同じ学年」の子どもを集めて比べると、1月生まれと12月生まれとでは、約1年近く差があります。幼い時の1年の差は、かなりの成長度合いの差となります。本来この成長度合いの差が考慮されるべき所を、「同じ学年」とひとくくりにして、その中から優秀な子どもを集めて、その子たちに英才教育をほどこしていたために、年度の最初の方に生まれた子どもほど分不相応に優遇されていたのでした。

ところで、この本には「一万時間」というキーワードが登場します。スポーツなり勉学なり、プロレベルの腕前になるためには、およそ「一万時間」のトレーニングが必要ということです。

話を元に戻すと、学年の中で「優秀」とされた子どもは、その分野で選抜されて、他の子どもより多くのトレーニングをほどこされます。(選抜された子どもは、自分を優秀と思い、よろこんでトレーニングに取り組むのでしょう)やがて数年経るうちにトレーニングの時間が合計「一万時間」を突破し、その道のプロフェッショナルになっていく、というわけです。


このように、この本では様々な例を考察して「天才」の謎にせまっていきます。文章は謎解き風で、重要な社会問題を楽しく読ませてくれます。


この本の翻訳者でもある勝間和代さんが、自分のラジオ番組で紹介されているのを耳にして、すごく気になっていました。近所の本屋さんで目にし、ちょっと読んだら買わずにはいられなくなってしまいました。購入して一気に読みました。
おすすめの本です。小さなお子さんがいらっしゃる方などは、特に参考になるのではないでしょうか。







※1
1月生まれ【9名】
 スコット・ウェイスデン(1988.1.4)
 ダレン・ヘルム(1987.1.21)
 デイン・ドット(1987.1.10)
 タイラー・スウイスタン(1988.1.15)
 ヤクブ・ランベル(1987.1.27)
 ブレトン・キャメロン(1989.1.26)
 トレヴァー・グラス(1988.1.22)
 マーク・イシャーウッド(1989.1.31)
 ライアン・ホーフェルド(1989.1.29)

2月生まれ【3名】
 ブレナン・ボッシュ(1988.2.14)
 シェイン・ブラウン(1989.2.20)
 ジョーダン・ベンドフェルド(1988.2.9)

3月生まれ【3名】
 コルトン・グランド(1989.3.20)
 マット・ローリー(1988.3.2)
 ゴード・ボールドウイン(1987.3.1)

4月生まれ【3名】
 ケヴィン・アンダーシュート(1987.4.12)
 ジョーダン・ヒックモット(1990.4.11)
 マット・キートリー(1986.4.27)

5月生まれ【2名】
 デイヴィッド・シュレムコ(1987.5.7)
 クリス・ラッセル(1987.5.2)

6月生まれ【0名】

7月生まれ【0名】

8月生まれ【2名】
 クリス・スティーブンズ(1986.8.20)
 マイケル・サウアー(1987.8.7)

9月生まれ【1名】
 ジェリッド・サウアー(1987.9.12)

10月生まれ【1名】
 タイラー・イニス(1989.10.6)

11月生まれ【0名】

12月生まれ【1名】
 デレク・ドーセット(1986.12.20)

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2009年07月27日

網戸の網、乱反射なくしてスッキリ、すがすがしく

もう何年も破けたまま放置してあった網戸を、思い切って張り替えてみました。
修繕用品の売り場の網戸のコーナーに行くと、従来の網の他に「表が銀、裏が黒」になった製品がありました。
「外からは家の中が見えづらく、家の中から外は見えやすい」という売り文句です。
試しに一枚買ってみることにしました。
910mm × 2000mmのサイズで一枚千五百円程でした。
amido01.jpg
このように、片面がメタリックの銀色で、もう片面は黒くなています。


ここの所暑い日が続いています。家の中で汗びっしょりかきながら、約30分ほどで網戸を張り替えました。
効果はどのようなものかと半信半疑でしたが、結果は驚く程でした。
表の風景がすっきり見えるようになりました。
網戸が気になりません。
網戸一枚で部屋の印象が全く変わってしまったのには驚きました。
すっきり外が見渡せると、気分がすがすがしく、のびのびした感じです。

今までの網戸
amido02.jpg


新しい網戸(左側に網が入っています)
amido03.jpg
写真ではちょっと分かりづらいかも知れません、肉眼でははっきりと異なります。

なぜこんなにも見え方が違うのかを考えてみました。
従来の網戸は、網が光を受けて白っぽく光り、この光が表の風景の暗い部分を見えづらくさせているようです。
それに対しこの銀黒の製品は、網の表面の銀色が表からの光を跳ね返して、屋内側の網を光らせません。なおかつ内側が黒いため、部屋の中の光も反射させず、外の光景がほぼそのまま確認できるようです。

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2009年06月28日

美術展に行こう!

最近忙しくて、展覧会に行けてません。私は、ここ10年ぐらい美術展に行く事が趣味になっていたので、現在ちょっと欲求不満状態です。また、美術展の素晴らしさを一人でも多くの人に知っていただきたい!というのがこのブログを始めた目的のひとつでもありました。
印刷されたものでよく目にする美術作品でも、美術展に展示されている実際の現物を間近にすると、その存在感は圧倒的に強く感じられます。本物に対面することは、印刷物など間接的に見ることよりも数段濃い「体験」をさせてくれるようです。
また、それほど気乗りしない展覧会でも、入ってみると意外と魅了される作品に出会うことが多く、それも美術展の醍醐味のひとつでもありました。

こんなことを書いてるうちに、また展覧会に行ってみたくてウズウズしだしました。
忙しくても合間を見つけて、近所でやっている美術展を覗いてみようと思います。
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2009年05月17日

軽やかで明るい絵の数々「忘れえぬロシア」展 (Bunkamura ザ・ミュージアム)

東京の東急Bunkamuraで開催中の「忘れえぬロシア」展を見ました。
1870年〜1880年代前後に描かれた作品が多く、それは日露戦争の30年〜40年程前の時代です。
そして、その時期はロシアが共産主義化する前夜、とでもいう時代でもあります。
私が「ロシア」と聞いてまず思い浮かべるのは、寒さ厳しい気候です。また、それに社会主義国のイメージも重なって、ロシアの絵画は「暗く重苦しいもの」と無意識のうちに想像していたのですが、この展覧会に並んでいる画は、それとはまったく逆でした。
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風景画は、陽の光のあふれた、色鮮やかな明るいものが大半でした。また、描かれている人々の表情はどれも明るく陽気なものばかりだったので、特に意外でした。
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私たちは、ヨーロッパの風景画をよく目にしますが、それらとは全く異なる印象の画でした。
ヨーロッパで描かれた風景画は、重厚な暗い感じのものが多いですが、この展覧会に展示されている風景画はどうも、そういった系譜からは外れているようです。
どの風景画も、軽くポップだと思いました。細部まで細かく描き込んでいるにもかかわらず、それが決して重くなっていません。明るい陽の光を計算して描き出し、鮮やかな色彩が使われています。


Bunkamura ザ・ミュージアム「忘れえぬロシア」展 
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2009年04月25日

ペンタブレットintuos4使い心地 2

先々週使い始めたintuosu4は「ペン先」が消耗品あつかいになっています。ペン先が減ってきたら取り替える仕組みです。
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製品に付属しているペン置き
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替芯はペン置きの中に収納されていました
intuos4_03.jpg

使っているPTK-840という機種には、ペン先が4種付いていました。以下の内訳です。
・黒い色の「標準芯」5本
・灰色の「ハードフェルト芯」3本
・先端がシリコンゴムのような素材「エラストマー芯」1本
・バネで弾力がつけてある「ストローク芯」1本


使い始めて約3週間に渡って「標準芯」を使っていましたが、けっこう減りました。このぐらい短くなるとちょっと使いづらいです。以前使っていたintuos2に比べると、芯の減り方は倍ぐらい早い感じです。(写真右が3週間使用したもの、左が新品の芯につけかえたものです。)
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WACOMさんのペンタブレットを、今まで4製品ぐらい使ってきましたが、実は初期不良に見舞われることが少なくありませんでした。ですが、このintuos4は不具合が起こる気配がなく、安定感を感じます。
また、ハード的にもソフト的にも「ユーザーがやらなければならないこと、設定しなければならないこと」がグッと減っていて、使いやすくなっていると思いました。


以前のintuos4に関する記事はこちら→2009年04月08日








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2009年04月22日

物憂げな阿修羅像 『国宝・阿修羅展』

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東京国立博物館「国宝・阿修羅像展」
先週の平日の、開館時間(午前9時半)に行ったのですが、すでに100mぐらいの行列になっていました。
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係員さんが、「30分待ちとなっておりま〜す」と声を張り上げていました。
二人以上で来れば行列の待ち時間も楽しみになりますが、今回の私のように一人で行く時は、携帯音楽プレーヤーとか、何か読む本・雑誌などを用意して行ってはいかがでしょうか。
今回の展覧会の感想を問われれば、阿修羅像の印象より何より、とにかく「すごい混雑だった;」…ということになってしまいます。主催者の朝日新聞が、新聞紙上で特集記事を連日掲載しているので、当然かも知れません。



会場内の様子

会場の中もまた大変な混雑で、展示物の前の人並みがなかなか進みませんでした。
さて、会場中頃に、メインの阿修羅像が展示されています。
高い廊下からまず見下ろすように阿修羅像を観賞できて、その廊下を降りると阿修羅像の足元をぐるりと囲んで見ることができる、という設計になっていました。
会場内のレイアウト図
ashura_map.jpg



絶妙なライトアップ

会場の阿修羅像は、非常に凝った照明で、絶妙な感じにライトアップされていました。
部屋の天井には作り付けの照明があるのですが、それとは別に、一辺7mぐらいの正方形の鉄骨が阿修羅像の頭上に吊るされており、そこに多数のスポットライトが、さらに阿修羅像のすぐ足元にも複数ライトが設置されていました。ライトの色合いも調整してあり、陰影が強すぎず、しっとりとしたいい感じにライトアップされています。

この阿修羅像は、全部で8体ある仏像(八部衆)の内の1体として作られています。残りの7体も展示されていますので、見比べてみるのも興味深いでしょう。



不可解な表情

さて、この阿修羅像はとても物憂い表情をしています。
ashura_kao.jpg
何故こんな微妙な表情を浮かべているのでしょうか。
インドの神様である阿修羅は、像がアジア各所にあるようで、ためしにネットで ”asura statue"(阿修羅像)と検索してみると、世界各地にあるいろいろな阿修羅像が出てきます。ですが、どの阿修羅も怒りの表情、もしくは何らかのはっきりした表情を浮かべています。この展覧会の阿修羅像のように、憂いを含んだ微妙な表情を浮かべた阿修羅像は見当たりません。
何故闘神である阿修羅を、か細い腕をした華奢な美少年を使って表現したのでしょうか。

これを作った仏師が、いったいこの像に何を託そうとしたのか―みなさんも像を前に、思いを馳せてはいかがでしょうか。



売り場の情報

・フィギアで有名な海洋堂が作った阿修羅像は大変な人気で、すでに売り切れていました。再販の予定はないようです。
・音声ガイドは女優の黒木瞳ナレーションで、500円で貸し出していました。
・阿修羅像のDVDが販売されていました。阿修羅像の形を3Dスキャナで取り込んでデータ化したもの処理する、という試みがなされていました。かなり微細な単位で取り込んでいました。面白いのは、阿修羅像の表面の色を外して、ただの白い石膏製の像のようにしてしまい、その様子を観察している事です。色を取り払って彫刻の「形」だけにして、どのような彫刻的な工夫がなされているかが明白になります。



個人的には、阿修羅像のみを見るために行っても、損しない展覧会だと思いました。それだけ魅力的な像だと思います。普段は奈良まで足を運ばなければ見れないものですし、博物館の整った環境で観賞できる貴重な機会だと思います。







阿修羅展ホームページ



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2009年04月18日

阿修羅展のとなりで開催していたカルチェ展「カルティエ クリエイション」

東京国立博物館の「平成館」で開催中の、国宝・阿修羅展を見てきました。
その帰り道に「平成館」の隣の「表慶館」で、有名ブランドの「カルティエ」の展覧会をやっているのが目に入りました。「ブランドの展覧会なんて珍しいな」と思い、何の気なしに入ってみました。

ところが…

展示されているのは、ダイアモンドを惜しげもなくたっぷり使った宝飾品の数々。それも、300点近くというすごい数がこれでもかと展示されています。真っ暗い展示室の中で、宝飾品だけが明るくライトアップされ、無数にちりばめられたダイアモンドが、キラキラ、キラキラし続けています。男の私ですが、見て回るうちに、その光にすっかりヤラれてしまいました。(展示品の一部はこちらの公式サイト「story of ...」で見ることができます。)
阿修羅展のこと書こうと思っていたのですが、それはまた別の機会にして、今日は、この展覧会、カルチェ展「カルティエ クリエイション-めぐり逢う美の記憶-」の事を書きたいと思います。

カルティエ展


日本に黒船がやってくる6年前の西暦1874年、パリで商いをはじめたカルティエは、やがて世界中のセレブに宝飾品を提供していく大きな店に成長していきます。パリに世界中の芸術家がつどったエコール・ド・パリの時代には、ジャン・コクトーやココ・シャネルらとも交遊をもち、製品の方向性をさぐっていきました。
展覧会では、ヨーロッパの王侯貴族をはじめ、インドのマハラジャや、映画女優など、超セレブに提供された、豪勢な装飾品が沢山展示されていました。
またその中から、特に何人かのセレブをピックアップして、そのストーリーを紹介しています。
この展覧会の展示方法は、カルティエが日本の「吉岡徳仁」というアーチストに依頼して全面的に演出してもらったようです。
展示品の説明を何カ所かビデオで解説していましたが、そのビデオの映像は、ガラスの反射を利用して空中に半透明に浮き上がって見えるように演出されていました。このような視覚的に面白い仕掛けが会場の随所にほどこされていました。
展示の最後の一部屋には、吉岡徳仁さん自身の作品が展示されていました。透き通った大きなガラス製のオブジェで、ダイアモンドが一粒あしらってあるというものです。(吉岡徳仁さんのホームページはこちら)またこの部屋には、カルチェがこの展覧会のために特に調合したという香水の香りで満たされていました。

私は最後の方に展示されていた、2匹のワニの形のネックレスが気に入りました。ややもすればアナーキーになりそうなモチーフですが、リアルな形なのにいやらしく無く、上品さを失わない装飾品に仕上げているのがすごいと思いました。(ちなみにこのネックレスには、ダイヤとエメラルド総計2000個以上が使われているそうです!)

この展覧会はタイトルを「Story of...」としてあります。いったい何の歴史なのかをあえてはっきりさせない理由は、
まず「カルティエのストーリー」を紹介した展覧会であること
そしてそれは世界の歴史に関わってきた、「世界のストーリー」でもあること
さらに今後は、セレブのみならず、展覧会を見に来た人達の人生のストーリーの中でカルティエの役割を探っていくこと
…といった複数の意味をこめたからではないでしょうか。


お出かけの際は

館内は観客でこみあってもいなく、すごく見やすかったです。阿修羅展とカルティエ展は別々に入場料が必要でした。
会場の観客は女性が多く、子連れの方もいました。また、カップルもよく見かけました。デートコースとしてもいいかも知れません。

ホームページはこちら→「カルティエ クリエイション-めぐり逢う美の記憶-」



当ブログの阿修羅展の記事はこちら→2009年04月22日




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2009年04月14日

タフなiPod - バッテリー交換 -

先月書いたiPod(第四世代)の話の続きです。

ハードディスク交換でよみがえったものの、買ってから一度も交換せずに使っていた内蔵バッテリーが、フル充電しても30分しかもたない状態になってしまいました。なので、バッテリーも新品に交換することにしました。

ネットで約3千円で購入。
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バッテリーには、iPodを開けるための、このような道具が付属していました。
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今までは、使用済みテレカの切れ端を差し込んで、ドライバーでこじあけていたので、この道具は便利でした。

ハードディスクは、フタを開けるだけで交換できたのですが、バッテリーを交換するためには、フタを開けた後に、iPodの中の、ネジで止めてある基盤を外さなければなりませんでした。
このネジがくせもので、ネジの頭が「プラス」でも「マイナス」でもない、「星形」が使われていました。

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私は、昔PowerBookを開ける時に使った星形ドライバーを持っていたので、これを使って基盤を外すことができました。

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配線を切らないように気をつけて作業して…交換完了。
フル充電してから、試しに音楽を流しっぱなしにして放置してみたところ…

えっ? なんと9時間以上駆動しました!

このiPodを新品で購入したときより、バッテリーの持ちが長くなったような気もします…






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2009年04月08日

WACOMのペンタブレットintuos4「インテュオス4」使い心地

4月5日に発売になった、ペンタブレット「intuos4」PTK-840(サイズ:Large)を買いました。
私はデザイン業務もイラスト作成にも、ペンタブレットは手放せない存在になっています。
今までずいぶん長い間「intuos2」を使ってきましたが、
やっと新製品を手に入れることができ、嬉しいかぎりです。
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真っ黒いボディで、一部うるし塗りのような光沢があるデザインなので、高級感があります。

まだ使い始めたばかりですが、今まで使っていた「インテュオス2」と比べると使い心地には断然差がありました。快適です。
きびきび反応してくれるし、入力のきめ細かさも実感できました。

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イルミネーションが付いていて、コントロールパネルをいじるとボタンの説明表示を変更できます。
左利き用にタブレットを上下逆にして使うと、表示も逆向きに切り替わるという、行き届いたニクいヤツです。

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ホイールが付いており、指でぐるぐるなぞると、画像のスクロールや拡大が出来ます。
ネットサーフィン中はスクロールに、ペイントソフトでは拡大にと、いきなりストレス無く使用することができました。
ホイール中央のボタンで、ホイールの使い方を切り替えることができます。
photoshopCS4があれば、このホイールを使って画像を傾けたりできるらしいです。
フォトショップを使って描画する場合は便利な機能です。

tab04.jpg
ボタンのタッチが固いのが少し気になりました。しばらく使い心地を試したいと思います。
ペンは、すごく軽くて使いやすかったです。タブレットの上を走らせると、すべり過ぎず適度の抵抗があり、これもいい感じでした。

このintuos4には、これからバリバリ働いてもらうつもりです。




この続きはこちら→ペンタブレットintuos4使い心地 2








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2009年03月06日

使って4年目になるiPodがついに動かなくなりました

ほぼ毎日、大切に使っていたので、残念です。
ipod01.jpg
このiPodのデザインは、何度見てもほれぼれします。
外見と言い、手触りと言い、
曲の操作が合理的に洗練されている所と言い、
すごいと思います。
何度いじっても飽きないし、操作するのが快感です。
外見的なデザインで言えば、
頭の上にぴょこっとプラグを飛び出させる
このデザインは、普通の会社ではできなかったのではないでしょうか。


さて、動かなくなったiPodを分解して開けてみると、
中にカード型のハードディスクが入っていました。
ipod02.jpg
どうも、他の部分は壊れづらそうだし、
時期的に見ても故障したとすればこのハードディスクだろうな、と思いつつ、
このハードディスクの機種名をネットに打ち込んで検索してみると、
同じ物が3千円程で手に入る事がわかりました。
これを新品に交換しても、またこのiPodが使えるようになる保証はないのですが…

つい買ってしまいました。
ipod03.jpg
もし直らなかったら、約3千円損した上に、新品のハードディスクが余ってしまいます。
ですが、元来、機械いじりが好きな私は、やってみたくてしようがなく、どうにも我慢できませんでした。


2日後、買ったハードデスクが郵送されてきました。
iPodを、新しいハードディスクに交換して、
コンピュータに繋ぎ、
iPodのハードディスクの初期化を試みるも上手くいきません。
何度やっても無理で、
「あぁ〜、これはダメかな」
とあきらめ、
最後にiTunesを立ち上げて繋ぐと…


曲のダウンロードが始まりました!
ipod04.jpg
iPod復活!
もうしばらくは頑張ってくれそうです。



この話の続きはこちら→2009年04月14日




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2009年02月01日

日本画の美意識

東京の九段近くにある「山種美術館」で開催中の「松岡映丘とその一門展」を見ました。
「山種美術館」は初めて行きました。日本画にこだわった美術館だそうで、常設展示も含め油絵は一枚もありませんでした。ビルの一階フロアが展示スペースで、全部見てもそれほどくたびれない分量ではないでしょうか。日本の絵を落ち着いて堪能できました。
本展の中では、山口蓬春という画家のスケッチが気に入りました。紅葉し始めた「かえで」を、鉛筆でスケッチし、さっと色を付けたものです。日本画の完成作品もいいのですが、他人に見せる気のないこの下絵は、のびのび楽しんで描いているさまが伝わってくるようでした。

日本画を見ていて思ったのは、西洋の中世の油絵を「クラッシック音楽」に例えると、日本画は「雅楽」のようだな、ということです。西洋画は遠近法などバックグランドをきっちり構築して、理詰めで画面を埋め尽くします。クラシック音楽も、リズムや音階などを理詰めで分解し体系を構築してあり、ひとつひとつの音楽はそれをベースに様々な楽器を用いて設計されています。
それに対し、日本画は「間の美学」とでもいいますか、ほとんど描かない部分「空間」を活かすやり方で作られます。「雅楽」も音色で間を埋め尽くさず、素朴な音色と同時に、音の無い「間」を楽しむ音楽と言えそうです。
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2009年01月16日

にじむ色彩が官能的 シャガール「バイオリン弾き」(1911年)

「ピカソ*クレー展」の感想つづきです。

この展覧会で、個人的に一番惹かれたのは、シャガールとマグリットの絵でした。
「マルク・シャガール」の絵が2枚、「ルネ・マグリット」の絵が3枚展示されていました。
私はシャガールの絵が大好きです。パリのオペラ座の天井画をシャガールが手がけているのですが、それをテレビで見て以来、すっかりファンになってしまいました。
この展覧会に展示されていたのは「バイオリン弾き」という絵でした。
変な風に目の位置のずれたバイオリン弾きが演奏しています。
シャガールの「バイオリン弾き」
バックの小屋の屋根に、白地に「にじんだ」あざやかな赤が彩色されており、官能的に感じました。
楽しくもあり、それでいて郷愁も感じさせる絵です。
ほぼ100年前に描かれた絵ですが、時代や国境を超えて今も私たちを楽しませてくれている事実には驚きます。








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2009年01月10日

ナチスに翻弄された画家クレー

東京、渋谷のBunkamuraで開催中の「ピカソ*クレー展」を見てきました。

公式ホームページはこちら→「20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代(東急文化村 ザ・ミュージアムにて3月22日まで)

パウル・クレーの作品が27点、その他にピカソ、マグリット、シャガール、ミロなど有名どころの作品がちりばめられています。8日の木曜日の昼頃行ったのですが、会場が空いていたので、じっくり観賞できました。

暗い時代での創作活動
本展の作品はドイツの美術館所蔵のものです。
この展覧会では、第一次世界大戦から第二次世界大戦後までの不穏な時代の中で絵に取り組んだ画家達というテーマで作品を集めています。ドイツ所蔵の作品ということもあり、解説文の中にはナチスやヒトラーの名が頻繁に登場していました。
本展が主役として取り上げている「パウル・クレー」も運命を戦争に翻弄されました。スイス人のクレーは、第二次大戦前、ドイツの先進的な美術学校「バウハウス」で教鞭をとっていました。やがて台頭して来たナチスに「退廃的な芸術」だと目をつけられ、ドイツを追われます。彼はその後ふるさとのスイスに戻り、創作活動を続けます。
クレーのとぼけた画風の裏に、そんな深刻な物語があるとは知りませんでした。

本展のもうひとつの目玉はピカソです。6作品展示されていました。主たるものは、チラシ・ポスターでも使用されている「鏡の前の女」、それと高さ2m近い大作「二人の座る裸婦」です。
本展のテーマは、ピカソも戦争の時代を生きた作家だということを思い出させてくれました。
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2009年01月02日

「崖の上のポニョ」 宮崎駿は何とたたかっているのか

私が昨年、一番印象に残った映画は「崖の上のポニョ」でした。

私たちが日々目にする映像は
今、私たちの身の回りには多くの映像があふれています。国内外で作られた映画がたくさん上映され、TVは地上波、衛星放送、有線放送と無数のチャンネルから映像があふれ出しています。
ところで最近、私たちが目にするどんな映像も、「パターン化」してきており、何を見ても「どこかで見た事がある映像だ」と感じられないでしょうか。 映像作りのマニュアルが整備され尽くしてきており、また、「コストパフォーマンス良く」映像を作ろうとするために似たような映像が量産されているのかも知れません。そのような現状にあって宮崎駿は、まだ誰も見た事の無い映像を作り出そうと奮闘し続けているように思えます。

オリジナル
たとえば「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」では、「もののけ」や「やおよろずの神々」といった人知を超えた存在の姿が描かれていましたが、日本には古来、妖怪とか伝統的な神の姿が数多く伝承されているにもかかわらず、宮崎駿はひとつとしてそれを流用せず、すべてオリジナルな姿を創造しています。これらの映画に出てくる「もののけ」や「やおよろずの神々」の姿は、私たち日本人が見た事も無い姿をしているのに、ちゃんと日本的だったり、時代背景を感じさせるようにデザインされていました。

自由
「崖の上のポニョ」でも、映像作りに挑むそのような姿勢が保たれています。前足と後ろ足の生えた船が、まるでウミガメが海の中を行くように、優雅に泳いで行きます。海から生命力がいっせいにあふれだし、津波となって陸地へ向かうシーンでは、溢れ出す水が無数の魚の形となって跳ね回ります。こんな映像は、世界で宮崎駿にしか作り出せないものではないでしょうか。
このような、今まで見た事の無いイマジネーションあふれる映像を見せられると、私たちは生き生きします。なぜでしょうか。
それは、何もかもやり尽くされて行き詰まっているように感じられる現実に対して「まだこんなにも道は開けている」という可能性を見せてくれるからかも知れません。

みなさんは「崖の上のポニョ」を見てどう感じましたか?

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2008年12月24日

夜、遠くから聞こえてくる銃声に震える -映画「ルワンダの涙」-

DVDで、映画「ルワンダの涙」(2005年・英)を見ました。
デザインやアートとは関係ないのですが、印象的な映画だったので記しておきたいと思います。

あらすじ -ルワンダで起こった民族対立-
1994年アフリカのルワンダ国内で、二つの民族、ツチ族とフツ族が対立したため、国連は民族対立監視に、あるキリスト教系の学校の敷地内へ国連軍を派遣していた。やがて民族対立はフツ族によるツチ族虐殺という事態へ発展していく。この学校へと、フツ族から逃げて来たツチ族の人々が3000名ほど避難してきた。国連軍は学校の敷地内へのフツ族の侵入を防いでいるが、国連本部はルワンダ国内の動きを民族紛争だとは認識せず、増援部隊や平和維持軍の派遣はない。この学校で教師をしている白人の主人公は、学校内へBBCの報道を入れ、ルワンダで起こっている事態を世に伝えて、平和維持軍の派遣にまでつなげたいと試みるも上手くいかない。事態はどんどん切迫し、ツチ族の避難場所が次々襲われて虐殺が起こっているという情報が入ってくる。この学校の周りにも武器を持ったフツ族の人々がどんどん集結して来て奇声を上げて盛り上がっている声が聞こえてくる。その人数は日増しに多くなってきている。やがて、学校に駐屯する国連軍に撤退命令が下った。ここで軍が撤退すれば、学校にこもっているツチ族避難民は、ほぼ全員が殺されてしまうことは目に見えている。が、無情にも軍は撤退を開始するのだった。


アクション映画で銃声に慣れている私
最近の映画は、銃声が響きどおしのアクション映画ばかり目につきます。私たちは派手な爆発音や、ド迫力の銃声とどろく映画に慣れています。
この映画「ルワンダの涙」の冒頭、緊迫してくる情勢の中、夜、遠くから「ぱん、ぱん」と銃声が響いてきます。アクション映画に比べて、あまりにも地味な音です。しかし、平和な日常を送っていた場所で、夜空に響き渡る、「ぱん、ぱん」というしょぼい銃声の、なんと恐ろしく聞こえる事でしょうか。この場面に私は、背筋の凍るような怖さを感じました。

タイトル
映画「ルワンダの涙」の原題は「Shooting Dogs」となっていました。「犬の群れを撃つ」とでも訳せばいいのでしょうか。なぜこの映画のタイトルが「犬を撃つ」なのか不思議に思いますが、映画を見るとその意味が分かります。
国内で凶行が始まった時、駐屯している国連軍に校長が「武器を使用して暴徒を止めてくれ」と詰め寄りますが、「この武器は、護身用にのみ使用を許可されているので、人に向けて撃つことはできない」と断られてしまします。やがて、学校の周りにも死体が多数横たわるという悲惨な事態に至ります。そして集まってきた野犬がそれを食い散らかしてしまうため、軍は衛生状態を保つ為に「犬を撃つ」のでした。校長は「人間の虐殺を止める事に武器を使えなくても、犬を撃つ事には使えるのか?!」と矛盾を嘆きます。タイトルはこのエピソードによっています。ずいぶん渋いタイトルの付け方に驚きました。




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2008年12月19日

映画「ウォーリー」 CGでのヨゴシ表現に驚く

公開中の映画「WALL・E」を見ました。
何を見るにつけ、私がまず目が行ってしまうのはデザインやアートワークなのですが、この映画「ウォーリー」の冒頭のすさみきった地球の様子の描写に目が奪われました。
この映画はほとんどCG(コンピューター・グラフィックス)ですが、CGにとって得意とするのはなんと言っても、ツルツルぴかぴかの新品を表現する事です。ですが、映画「ウォーリー」の冒頭は、何百年も経って風化したアメリカの都市の様子が描かれます。古びてぼろぼろになった街を丁寧に作り込んであるのに驚きました。これをCGで作るにはかなり面倒な作業だったに違いありません。これがどんな手の込んだ仕事かという事は、私もパソコンでアートワークを作っているので少しは分かります。まっすぐな線や滑らかな曲線だけで描写できれば、コンピューター上で描写するのはラクですが、古びた感じをだすために、直線の途中に欠けた部分を作ったり、でこぼこの線を加えたり、ランダムにヨゴレを入れたりするのは、作業時間もかかりますし、データー量もふくれあがるのです。
黒澤明は映画を作る時、「よごし」にこだわったという話を聞きます。彼の言う「よごし」とは、小道具やセットの経年を表現するのに、単に汚すのではなく、自然で道理にかなった汚れ方をさせるわけです。なので観客は、その物が何年も使い込まれたかのようにすんなりと感じることができます。さらにその上で、その汚れを映画全体の画面に調和させ「絵になる汚れ方をしている」ことが必要になります。
映画「ウォーリー」では、この「よごし」の仕事が凄かったです。建物、散らばるスクラップ、ハイウェイ、街全体が朽ちようとしている様子を丁寧に描いています。さらに700年間働いている設定の、主人公「ウォーリー」の汚れ方も、さび具合といい、へこみ方、金属のくたびれかたなど、なんともいい感じに仕上がっていました。

フロンティア・スピリット
この映画を作った「ピクサー」は常にCG映画の先頭を走っています。新しい映画を公開するたびに、新たな技術に挑戦して盛り込んでいます。未だ誰も手をつけていないCG映画の分野を切り開いていくのだ、という気概があるのではないでしょうか。このあたり、アメリカ人の血なのかも知れません。

→映画「WALL・E」の公式サイト






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2008年12月11日

巨匠ピカソ展 彼の作風の移り変わりを一望できる展覧会

巨匠ピカソ展(国立新美術館「愛と創造の軌跡」、サントリー美術館「魂のポートレート」)を見てきました。

ピカソの作品の中でも有名な作品が何点か出品されていて、間近にすることが出来ました。「印刷されたピカソの作品を見るのとは全然違う!!」…と感激しました。

ピカソの作品を、ほぼ時系列で展示してあるので、ピカソが生涯を通して、どのように作風を変えていったかがよくわかります。

有名な、ピカソ初期の「青の時代」のリアルな絵、「バラ色の時代」のラフな絵、抽象的な形でコラージュ作品を作っていった時代、続いて、様々な誇張を加え、どんどん奇抜な作風になり、活躍の場を立体作品や版画などにも広げていく様子なども展示によって感じることができました。


様々な作風を開発し続けたピカソ
一般的に画家は、独自の「画風」を持っています。ルノアール、ゴッホ、セザンヌ、シャガール、他…どんな画家の作品も、一目で誰が描いたものかわかります。ピカソが特別なのは、そういった「画風」を生涯を通じてたくさん生み出していったことではないでしょうか。どの画風も完成度が高く、生涯を通じて使えそうですが、ピカソはそこに安住することなく、次々に新しい世界に踏み込んでいきました。そして90歳を過ぎても歩みを止めることがなかったことには驚きました。






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2008年12月09日

ロシアの探検隊が森の中で出会った年老いた猟師…彼の名はデルス・ウザーラ  黒澤明監督作

黒澤明監督作品「デルス・ウザーラ」(1975年公開)をビデオで見たのですが、とにかく圧倒的な映像に、度肝を抜かれました。

今から33年前、黒澤明が当時社会主義だったロシア、「ソビエト連邦」に乗り込んで撮った、2時間21分もある長編映画です。ロシアの探検家の手記に基づいた実話です。

あらすじ -シベリアの大自然の中で展開する物語-
西暦1902年、ロシア軍に所属する主人公達は未開のシベリアの地を測量しつつ、困難な旅をしています。そんなある日、森の中で、片言のロシア語を話す、東洋系の顔立ちをした小柄な猟師と出会いました。森に詳しい彼、”デルス・ウザーラ”に、主人公は道案内を頼みます。近代的な装備をした測量隊は、未開の地を長く旅して来て、それなりに森歩きに慣れていますが、デルスの森を行く技術はその数段上をいっていました。粗末な銃一丁抱えて森を歩く彼は、わずかな足跡などから、前に森の中を歩いた人の行動や動物の動きをまるで見てきたように言い当てます。主人公は、デルスに何度も困難な局面を救われるうち、彼の素朴な人柄、必要なもの以外は求めない「森と共に生きる哲学」に魅せられていきます。デルスと測量隊は友情を深めつつ、森の中を冒険する日々を送ります。
そんなデルスも、年老いて猟をするのが困難になってきました。主人公はデルスをハバロフスクに連れて帰り、一緒に生活します。しかし、デルスは都市での生活になじめずに森へと帰ってゆくのでした。そして物語は悲しい結末を迎えます。

大自然を相手に一歩も引いていない映像作り
この映画では、シベリアの大自然の描写が圧倒的です。
普通このような映画を撮る場合、予算や製作時間、役者のスケジュールなどを考え、スタジオでセットを使って撮影をしたり、風景だけ撮影して後で合成したりしている所ではないでしょうか。しかし黒澤は、そんな方法に目もくれず、大自然に真正面から取り組んで撮影しています。そして2年かけて映画を完成させたのです。
過酷なシベリアの自然の中で、役者をそろえて演技をしてもらい、機材とスタッフをそろえて撮影を行う。(スタッフはすべてロシア人だったそうです。)しかも気温はマイナス30度を下回ることもあったようで、想像を絶する困難な作業だったでしょう。
そうして、必要なシーンを自然の中で撮影しきっています。この堂々たる仕事ぶりは、偉業といってもいいと思います。



もし、このブログを読んで、見てみたいと思った方のために補足情報
私はVHS版を見たのですが、字幕に「匪族」という単語が出てきます。分からなかったので調べてみました。「匪族」は「ひぞく」と読み、盗賊の事だそうです。

デルス・ウザーラの場面

小柄で小太りなデルスがよちよちと歩く様はなんともかわいらしく「スターウォーズ /ジェダイの復讐・1983年」のイウォークを思い出しました。そして彼の「かぴたん!(隊長!)」という台詞が、なぜかいつまでも心に残りました。

黒澤明監督作品「デルス・ウザーラ」1975年ソビエト





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2008年12月06日

日本画の技法を活かした藤田嗣治の油絵

藤田の絵を見て思うのは、彼が若い頃に習得した日本画の手法を、西洋絵画の中に活かしていることです。
たとえば、藤田の絵の多くは、遠近法を部分的に崩して描かれています。ある方向から見た構図の中に、少し視点のずれた別の方向から見た、本来そういうふうには見えないはずのモチーフが挿入されているのです。この事により、見た人は無意識にそこに何か引っかかるものを感じ、不安定な不思議な気持ちにさせられます。日本画は遠近法を厳密には使いませんが、藤田は日本画にある遠近法の「くるい」を意識的にテクニックとして用いたのではないでしょうか。
また、細いなよなよした外形線で対象を描くやり方、白地に黒で線を描くことも、伝統の上に蓄積されてきた日本画の技術を活かすことができたのだと思います。

展覧会を見て疑問に思ったこと
本展では、藤田嗣治の絵が当時「魅力的な乳白色と讃えられた」と、解説文の中で何度か説明されていました。ですが、「ライオンのいる構図」と「犬のいる構図」が長い間放置されていた事実からすると、はたして藤田はどれほど評価されていたのだろうかと疑問が湧きました。当時のパリでの評価について、どのような所でどう評価されていたのか、具体的な解説があるとよかったのではないかと思いました。

豪華な図録集
今回の展覧会で販売していた、藤田の図録集はハードカバーの豪華な作りでした。1冊2,500円。









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